ものしり先人たち-な・は-1


★中江常省★
  なかえじょうしょう
 藤樹先生の三男。母は大溝藩士別所氏の娘。出生の翌月に父藤樹が急逝したため、高島市安曇 川町青柳(東万木村)の岡田傳右衛門に養育された。備前藩主池田光政の庇護を受け、学校奉行 にまで登用されたが、持病の喘息のため辞任し帰郷した。そして門弟の教育に専念し藤樹の学の 継承に努めて、藤樹の遺筆が未完であるのを憂えて『学庸狗尾』を著わし、同志に示教した。ま た対馬藩主に招かれ江戸の対馬藩邸に滞在中大火にあい、藤樹の遺筆や蔵書、岡田季誠編集の『 藤樹先生全書』など一切を焼失した。晩年は、地元の門弟安原節齋父子の世話で小川村へ帰り、 藤樹書院で病没した。
 参考図書
  • あど川の文化と先人たち
  • 高島郡誌