
狭山池
池の歴史について知りたい |
次の資料があります。 『大阪狭山市史 第一巻 本文編 通史』 14000923(S216/3/1) 『大阪狭山市史 第五巻 史料編狭山池』 14000316(S216/3/5) → 狭山池に関する史料について収録 『大阪狭山市史 第十二巻 地名編』 14000326(S216/3/12) → 狭山池の概説と関連する地名(p774〜802)、市内の溜池について掲載 『狭山町史 第一巻 本文編』 11084115(S216/3/1) → 古代から現代までの狭山池に関する記述あり 古代はp47〜94、重源の修理についてはp105〜117、近世はp432〜540 『大阪狭山市史要』(末永 雅雄/著) 11084120(S216/3/88) →狭山池についてp125〜188 『狭山池改修誌』 15000010(S517/216/31) → 昭和改修にあたり狭山池の歴史を編纂 『歴史のなかの狭山池』(市川 秀之/著 清文堂出版) 16030125(S216/3) 『大阪狭山市史紀要 第1号』(大阪狭山市史編さん室/編) 15000123(S216/3/95) → 「狭山池とヤマト国家」(門脇 禎二/著)p5〜32 |
池の樋(ひ)について知りたい |
次の資料があります。 『大阪狭山市史 第五巻 史料編狭山池』 14000316(S216/3/5) → 狭山池の樋目録と明細書を収録 付録「尺八樋各部の名称(図)」「用語解説」「西樋筋水高変遷表」「中樋筋水高変遷表」 『狭山町史 第一巻 本文編』 11084115(S216/3/1) → 狭山池改修で用いられた石棺の樋やその構造について記述(p112〜117,435〜446) 『大阪狭山市史要』(末永 雅雄/著) 11084120(S216/3/88) → 狭山池の改修で使われた石棺についての記述あり(p71〜92) 『狭山池改修誌』 15000010(S517/216/31) → 昭和改修における樋管の考古学的研究について掲載 『狭山の歴史と文化』狭山町立郷土資料館 14000486(S216/3/82) 『大阪府立狭山池博物館常設展示案内』 15000074(S517/216/02) → 狭山池の土木遺産を活用し、「治水」と「灌漑」の歴史と土地開発の歴史を紹介 『大阪府立狭山池博物館 狭山池復活』 14000709(S517/216/09) → 慶長年間の改修が主題展示の図録。主に西樋について取り上げている。 |
池の改修について知りたい |
次の資料があります。 『大阪狭山市史 第五巻 史料編狭山池』 14000316(S216/3/5) → 近世と戦前・戦後の改修についても触れられている 『大阪狭山市史要』(末永 雅雄/著) 11084120(S216/3/88) → 第五章「狭山池」(p125〜188) 『狭山町史 第一巻 本文編』 11084115(S216/3/1) → 古代から近代の改修にふれる(p57〜66,105〜117,462〜484,701〜712) 『狭山池改修誌』 15000010(S517/216/31) → 大正15年(1926)〜昭和6年(1931)の昭和改修による概要 『狭山池 史料編』 15000095(S517/216/96) → 古代から近現代の狭山池をめぐる諸問題の文献を掲載 『狭山池 埋蔵文化財編』 15000029(S517/216/98) → 狭山池における発掘調査の経過および調査結果を報告 『狭山池 論考編』 15000038(S517/216/99) → 史料編・埋蔵文化財編での調査成果をもとに考古学や文献史学からの考察 地理学・土木工学・地質学からの調査成果にもとづく論考 『狭山池ダム事業誌』 14000357(S517/7/04) → 狭山池ダム建設の調査・設計・施行から堤体保存・周辺環境整備までの事業経過等 をまとめたもの 『大阪府立狭山池博物館常設展示案内』 15000074(S517/216/02) → 古代から現代までの主だった改修を紹介 『大阪府立狭山池博物館 狭山池復活』 14000709(S517/216/09) →慶長年間の改修が主題展示の図録 |
池につながる川について知りたい |
![]() 池以南からの西除川上流は、天野川とよばれることもあります。 『狭山池ダム事業誌』 14000357(S517/7/04) → 狭山池の流域について紹介 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 「大阪狭山市の概要」(p12〜18)に狭山池の流域について記述あり 『大阪狭山市史要』(末永 雅雄/著) 11084120(S216/3/88) → 付図「折込 空から見た大阪狭山市」 『大阪府立狭山池博物館常設展示案内』 15000074(S517/216/02) → 「溜池の仕組みの紹介」に流域について記述あり ※池以南の西除川について、上記4冊の記述は上から 「西除川」、「天野川」、「天野川」、「西除川(旧天野川)」。 西除川・東除川・三津屋川
西除川別名「狭山川」。一級河川。上流端は河内長野市天野町。三津屋川、狭間川を併合し、東除川、西除川を分流して、堺市浅香駅近くで大和川に合流する。 東除川 別名「狭山川」。一級河川。上流端は西除川からの分派点。平尾小川、落堀川を併合し、柏原市大堀町で大和川に合流する。 三津屋川 一級河川。上流端は大阪狭山市今熊。西除川に合流する。 〈出典〉『河川大事典』11088014(R517/21/91)
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池に関する昔話や言い伝えが知りたい |
次の資料があります。 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 「口承伝承」(p689〜706)に狭山池の伝説について紹介あり 『民俗と民話 狭山のむかし 第三集(続編)』 15000133(S382/163/93) 『民俗と民話 狭山のむかし 第五集』 15000015(S382/163/94) |
街道
高野街道 |
京から高野山を結ぶ街道で、河内・紀伊と摂河泉(摂津・河内・和泉)を結ぶ道です。 東高野街道(京街道)・中高野街道・下高野街道・西高野街道の4経路があります。 このうち、東高野街道を除いた全ての街道が大阪狭山市を通っています。 『大阪狭山市史 第七巻 別巻 石造物編』 14000317(S216/3/7) 『大阪狭山市史 第十二巻 地名編』 →高野街道に関係のある地名に関して記載 『高野街道と狭山』(大阪狭山市立郷土資料館)15000958(S682/163/99) →郷土資料館において展示された図録で、狭山を通る経路と歴史を紹介 『河内の古道 高野への道』 15000203(S291/63/99) → 河内を通る高野街道を紹介 『大阪の街道』 11065967(A682/16) 『大阪の街道と道標 改訂版』 11135005(A682/163/99) 『街道の日本史 33 大坂』 11160778(A682/1) |
中高野街道 |
大阪市平野区から高野山へ向かう道であり、平野道・ひらの街道とも呼ばれました。 東野・池尻・狭山・半田を北から南へ縦断します。 経路:平野郷杭全(クマタ)神社・一里塚(大阪市平野区)→阿保(アオ)→上田・丹南(松原市)→真福寺→多治井→菅生(堺市美原区)→東野→池尻→舟渡池→狭山神社(大阪狭山市)→ 四樟(ヨツ:河内長野市楠町)=西高野街道と合流 『郷土史』 14000502(S216/3/80) 『大阪狭山市史 第七巻 別巻石造物編』 14000317(S216/3/7) → 高野街道に関する石造物を紹介(p500〜504) 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 大阪狭山市内の交通路として紹介(p270) 『日本歴史地名大系 28−2 大阪府の地名 2』(平凡社)11046626(A291/63/28-2) 『河内の古道 高野への道』 15000203(S291/63/99) 『大阪の街道と道標 改訂版』 11135005(A682/163/99) 『大阪の街道』 11065967(A682/16) |
下高野街道 |
大阪市天王寺区から高野山へ向かう道です。 池尻・池之原・今熊を通ります。 *経路:四天王寺南門(大阪市天王寺区)→田辺→矢田(大阪市住吉区)→布忍(ぬのせ)神社→河合(松原市)→野遠町→余部→北野田・南野田(堺市)→池尻→狭山池・北堤→報恩寺(大 阪狭山市)=中高野街道と合流 『大阪狭山市史 第七巻 別巻石造物編』 14000317(S216/3/7) →高野街道に関する石造物を紹介(p496〜500) 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 大阪狭山市内の交通路として紹介(p270〜271) 『河内の古道 高野への道』 15000203(S291/63/99) 『大阪の街道と道標 改訂版』 11135005(A682/163/99) |
西高野街道 |
堺市から高野山へ向かう道であり、堺大坂道とも呼ばれていました。 山本・岩室・今熊・茱萸木を通ります。 経路:大小路→榎元町(竹内街道と分岐)→中百舌鳥町→草尾→福田(堺市)→山本→岩室→今 熊→茱萸木(大阪狭山市)→四樟=中高野街道と合流→古野町=東高野街道と合流 『大阪狭山市史 第七巻 別巻石造物編』 14000317(S216/3/7) →高野街道に関する石造物を紹介(p491〜496) 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 大阪狭山市内の交通路として紹介(p267〜269) 『大阪狭山市史要』(末永 雅雄/著) 11084120(S216/3/88) → 高野山への道を紹介(p245〜254) 『日本歴史地名大系 28−2 大阪府の地名 2』(平凡社)11046626(A291/63/28-2) 『河内の古道 高野への道』 15000203(S291/63/99) 『西高野街道 ウォーキング徹底ガイド』 14000699(S291/63/09) 『大阪の街道と道標 改訂版』 11135005(A682/163/99) 『大阪の街道』 11065967(A682/16) |
天野街道 |
西高野街道から分岐し、天野山金剛寺(河内長野市)へ向かう街道です。 今熊・大野台・大野西を通ります。 経路:今熊→大野台→大野西(大阪狭山市)→小山田→下里町→天野山金 剛寺(河内長野市) 『大阪狭山市史 第七巻 別巻石造物編』 14000317(S216/3/7) → 天野街道の石造物について紹介(p516〜518) 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 大阪狭山市内の交通路として紹介(p271) 『河内の古道 高野への道』 15000203(S291/63/99) 『写真で見る あまの街道』 14000533(S291/63/07) 『写真で見る あまの街道 1』 14000657(S291/63/1) 『写真で見る あまの街道 2』 14000534(S291/63/2) 『写真で見る あまの街道 3』 14000535(S291/63/3) → 以上、天野街道周辺の自然景観の写真集 |
伊勢道 |
伊勢神宮(三重県)につながる道で、堺市から大阪府太子町へと東西方向にのびています。 経路:草部→平井→福田(=西高野街道と交差)→北野田(=下高野街道と交差,堺市)→東野(=中高野街道と交差,大阪狭山市)→菅生→平尾→さつき野(美原区)→梅の里→喜志(富田林市)→太子町(=竹内街道と合流)→叡福寺→奈良 『大阪狭山市史 第七巻 別巻石造物編』 14000317(S216/3/7) → 伊勢道の石造物について紹介(p518〜528) 『大阪狭山市史 第九巻 民俗編』 15000001(S216/3/9) → 大阪狭山市内の交通路として紹介(p271〜272) |